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六代目時蔵への期待〜初役のお三輪

令和6年6月歌舞伎座:「妹背山婦女庭訓〜御殿」

六代目中村時蔵(四代目中村梅枝改め)(杉酒屋娘お三輪)、五代目尾上松緑(漁師鱶七実は金輪五郎)、二代目中村七之助(橘姫)、初代中村萬寿(五代目中村時蔵改め)(烏帽子折求女実は藤原淡海)、十五代目片岡仁左衛門(豆腐買おむら)、五代目中村梅枝(初舞台)(おむらの娘おひろ)他

(六代目中村時蔵襲名披露)


1)六代目時蔵への期待

本稿は、令和6年6月歌舞伎座での六代目中村時蔵襲名披露の「妹背山婦女庭訓〜御殿」の観劇随想です。新・時蔵がお三輪を初役で勤めます。

いつの時代にも美しい若女形はいるものですが、そのなかでも新・時蔵は他とはちょっと趣が異なるところの美しさを持つ若女形であると思います。吉之助はそこに大いに期待したいと思います。人はそれを古風な美しさと呼んだりします。吉之助はもちろんそのことに同意しますけれど、「古風な美しさ」ということは一体どう云うことなのか。そこのところをもう少し明確にしておきたいと思います。

と云うのは、全体的な流れからすると現代の歌舞伎はスッキリ綺麗な女形を求める傾向にあると思うからです。そう云う流れからすると古風な美しさというのは、「古き良き」と言うノスタルジックな響きはあっても、やや「後ろ向き」な響きを帯びるように感じるからです。「通向き」な美しさとでも言うかな、分かる人には分かると云うか、まあそう云う位置付けもあり得ることですが、令和の現代のセンスからすると方向性が逆になるのかも知れません。そうすると新・時蔵の正当な評価がなかなか受け難いことになってしまう。そういう危惧もないわけではないからです。だからこそ新・時蔵の「古風な美しさ」のなかに、令和のこの時代に在って、歌舞伎再生のための、「積極的な」意味を見出したいと思います。

現在の歌舞伎は、どちらの方向へ向かったら良いか、それが分からなくて苦しんでいると思います。しかし、目先のことにこだわって・ただ世の流れのままに任せていると、歌舞伎の女形は安直に、スッキリ綺麗な方向へ流れてしまうと思います。これが困るのは、歌舞伎の歴史を見れば分かることですが、各々の時代の歌舞伎の在り方は・その時代の女形が決めて来たからです。「ひとつの時代はその時代を代表する俳優を持つべきである」と三島由紀夫は言いました。その時代の歌舞伎の在り方をその時代の名女形が規定することになる。大正の五代目歌右衛門然り、昭和の六代目歌右衛門然り。今後スッキリ綺麗な女形が基準になってしまえば、全体がそれに相応した歌舞伎に変わるでしょうが、多分それは別に歌舞伎役者がやらなくても良いような芸能になるかも知れません。そうなるまでにはまだ歳月が掛かるでしょうが、結構微妙な岐路に現在の歌舞伎は差し掛かっていると思います。そこで新・時蔵なのです。誤解がないように付け加えますが、「新・時蔵が今後の歌舞伎の方向を決める」と大層なことを言っているのではありません。時蔵のことは数ある例題のひとつに過ぎないのです。しかし、今後の歌舞伎が時蔵という素材を生かせるか、観客がそれを支持するかどうかは、結構大きな意味を持つことになると思います。

梅枝時代のことを思い出すと、吉之助がまず挙げたいのは(これは女形ではないですが)「義経千本桜」の維盛ですねえ。鮓屋でひとり俯いて・憂いに浸る時蔵の維盛の姿は、これまで見たどの維盛とも違う感触でした。吉之助は維盛に関しては七代目梅幸をひとつの理想像に置いていますが、時蔵の維盛はそれとは次元が違うところでもうひとつの理想的な形を提示してくれたものと思っています。それは若き日の三島由紀夫が七代目宗十郎の維盛について記した文章を思い出させるものでした。

『(七代目)宗十郎の芸の面白さは、なかでも「思い入れ」の巧みさに要約される。千本桜すしやの場に於いて「ぱつと戸をさし内の様子」の床で二重へ戻り、坐るともなく、或いは屏風の内をうかがひ、或いは格子の外を案じて、晩秋の吉野の夜を千々に物思ふ彼の維盛は、流離の貴公子がやつし装(なり)にも隠し了(おほ)せぬ気品と、独自の柔らかさと相俟(あいま)って、平家物語の抒情的悲劇の放出に遺憾がない。「思い入れ」という技巧は無表情な人形の欠陥を補う心理の外面的な様式化であるからには、演者が人間であることに依存する内面的な肚芸とは相背馳するもののやうであるが、(中略)結局一致すべきもの共に写実が象徴に歩み入ろうとする道程を辿るものと言わねばならぬ。肚芸を理智の芸とすれば、思い入れは情緒の芸である。思い入れの要諦は、心情の情緒と様式の情緒との合致であらう。』(三島由紀夫:「沢村宗十郎について」・昭和26年6月)

七代目宗十郎について、三島は「時代に滅びた後にただ一人生き残った顔」とも書いています。三島は宗十郎の技芸を高く評価しました。しかし、晩年の宗十郎はその古風な味わいを珍重はされましたが、劇界では重い位置付けをされないままに終わりました。ここで吉之助が宗十郎の例を引いたのは、今後の時蔵が「古風な美しさ」を珍重されるだけで終わってしまって欲しくないからです。そうならないために、時蔵は令和のこの時代と先鋭的に対峙する必要があります。時蔵にはそのような気構えを常に持っていてもらいたいと思います。そうすれば必ず道は拓けると思います。

ヒントは六代目歌右衛門にあると思いますねえ。歌右衛門には時代に対する危機意識があったと思います。戦後は男女同権の時代になって歌舞伎でも女形不要論が盛んに言われたものでした。そんななかで、「私から女形を取ってしまったら、私じゃなくなるんだから」とでも云うような危機意識、それは実に個人的なものだったかも知れませんが・歌右衛門のなかのアイデンティティに関わる問題ということでまさに危機意識、これが女形・歌右衛門を時代に対して先鋭的にしたと思うのです。歌右衛門のなかに「古風さ」と「近代性」、この矛盾するふたつの本質が同居しているのです。三島由紀夫は「六世歌右衛門序説」においてこのことを書いています。(別稿「六代目歌右衛門の今日的意味」を参照ください。)

『なるほど岸田劉生氏の定義にあてはまるような、古い手織木綿に似た歌舞伎の感触は、歌右衛門の持ち味ではない。しかし岸田氏の定義にあてはまる歌舞伎を、生きて喋って歌いさざめいていた娘にたとえると、歌右衛門は少しも腐敗せずに雪の山の中に閉じ込められていたその娘の屍が、永い年月ののちに発見された姿に似ている。その姿形からは、すでに生のいやらしい活力と体臭は失われているが、生きていたうちに持っていたあらゆるものは、雪白の凍った肌の奥深く、ひとつもそこなわれずに蔵されているのである。歌右衛門の「鷺娘」を見るたびに。私はいつも、このさりげない舞踊劇が、清潔な雪白の屍姦のイメージを起こさせるのをふしぎに思ったが・・・・』(三島由紀夫:「六世歌右衛門序説」・昭和34年9月)

つまり危機意識が歌右衛門が持っている「古風さ」を、後ろ向きのものではなく、先鋭的な・近代的な感触に変えたのです。もちろん新・時蔵は、歌右衛門とはまったく別の・時蔵なりの、令和のこの時代に対する危機意識を持つべきです。多分既に彼はそういうものを何か持っていると思いますが、これを更に熱く・確かなものにしてもらいたいと思います。先日(3月歌舞伎座)での「寺子屋」の千代には驚かされました。我が子を失った母親の悲しみが形象化して、千代が悲しみそのものに見えました。江戸の世に生きた薄幸な女性の人生・宿命が見えたのです。こういう光景は歌右衛門の千代であっても見えたことはありません。これは本人が意識してそう出来ることではなく、まったくニンから来るものだと思います。こう云うことが出来るからには新・時蔵は大いに期待が出来ると思っています。(この稿つづく)

(R6・6・13)


2)お三輪という役・その1

祖父・四代目時蔵襲名(昭和35年・1960・4月歌舞伎座)の時も、父・五代目時蔵襲名(昭和56年・1981・6月歌舞伎座、この公演は吉之助はもちろん見ました)の時も襲名披露はお三輪でしたから、今回の六代目襲名でもお三輪となるのは、自然な流れだと思います。しかし、それならばお三輪の件は(杉酒屋からとは云わないが)やはり最低でも道行から御殿で通すのを定形にして欲しいと思います。襲名披露狂言であるならば、主役を引き立てるために猶更のことです。今回(令和6年6月歌舞伎座)のように道行無しで、御殿を姫戻りから始められると、お三輪は登場するや虐めにあって殺されるだけのことで・幕切れには舞台にいないし、それじゃあ幕切れは金輪五郎(鱶七)が締めるのかと云えば、鱶七上使がなければ五郎はほとんど「アンタ誰?」同然で、一体これはどういう芝居なのかさっぱり分からない。この芝居の主役はホントにお三輪なのか?鱶七でもなさそうだね。まあ時間の関係やら配役バランスの苦労があることは重々承知はしますが、こう云う上演形態が歌舞伎の総本山である歌舞伎座で罷り通るのを当たり前のことにしてしまうと、観客は歌舞伎からますます離れていくと思いますけどねえ。襲名披露だと云うので特別なものが見られるんだろうと思って・普段芝居を観ない方もこれは見てみようかと思って・歌舞伎座へ来るのでしょう。せっかくの期待の若女形の披露の機会であるのに、実にモッタイナイことです。

ところで新・六代目時蔵によく似合いそうな役どころは、多分女房・あるいは遊女だと思います。純然たる娘役であると、もちろん時蔵は美しいことは美しいのだけど、その美しさのなかに漂う色気の質感とか・陰影がちょっと邪魔をすることがあるように思われます。先日(2月)歌舞伎座での「鮓屋」での時蔵のお里もそんな感じで、「娘が漬けた鮓ならば、なれがよかろと買ひにくる」と云う・パァッとした陽気な明るさには欠けるところがある。そのせいで「オオ眠む」辺りはちょっと寂しい感じがします。ところが、維盛一家を前にしての、「私は里と申してこの家の娘。いたづら者憎い奴と、思ひ召されん申し訳・・」以下のクドキになると、哀れさ・真実さがよく出ていて、時蔵のお里はそこがとても良いのです。だから前半のお里と後半のお里のバランスの問題と云うことになるかも知れません。しかし、「鮓屋」の場合は、お里が芝居の主題の根幹のところを担うわけではないので、どちらかと云えば前半のお里の明るいイメージの方が優先されて・これで良いと云うことになるでしょう。そうするとお里が時蔵にピッタリの役かと云うと、それはどうかなと云う気がしなくもない。似たようなことが今回のお三輪の場合にも起きるかなと思います。

「妹背山」のお三輪は女形ならば誰でも演じたい・憧れの役だと云うのは、確かにそうであると思います。御殿は可憐な町娘が、それは純粋無垢な恋心に過ぎないのに、たまたま恋してしまったのがやんごとない御方(藤原淡海)であったために、醜い非情な政争の生贄にされて死んでいくと云う悲しい物語なのです。この場合、お三輪と云う役の要件は二つあります。まず一つ目は、穢れなき可憐な乙女のイメージです。このイメージが引き立つほど、幕切れ近くで無残に殺されるお三輪の悲劇(悲惨さ・悲しさ)が映えることになります。

二つ目は、これは一つ目とまるで相反するイメージになりますが、お三輪のなかにある粘着質的な嫉妬心のことです。芝居ではこれを疑着の相と呼んでいます。自分の恋がうまく行かない・恋のライバルが他にいるとなれば、誰でも嫉妬に駆られるものでしょうが、お三輪の嫉妬は並み大抵のものではありません。蛇体に身を変えた清姫(道成寺)に比すべき凄まじいものです。この燃え盛る情念こそ金輪五郎が欲したもので、これが蘇我入鹿の通力を消滅させる威力を持つものであると、芝居ではそういう理屈になっているのです。そこでお三輪が花道上で「あれを聞いては帰られぬ」で憤怒の形相になり髪をさばく場面が芸の見せ所だと云うことになるわけですが、そこで問題になってくるのは、一つ目(穢れなき可憐さ)と二つ目(ドロドロした奇怪な情念)と、「妹背山・御殿」のお三輪は、相反した二つのイメージに理想的なバランスを見出すことは出来るか、或いはどちらかのイメージを優先させることになるのかと云うことだと思います。(この稿つづく)

(R6・6・18)


3)お三輪という役・その2

お三輪という役には、1(穢れなき可憐さ)と2(ドロドロした奇怪な情念)と、二つの相反するイメージがある。これら相反した二つのイメージに理想的なバランスを見出すことは出来るかと云うのが問題です。このうち二つ目のイメージが「妹背山・御殿」の主題に大きく関わることは明らかです。憤怒したお三輪が顕わす「疑着の相」、これこそ入鹿誅伐のために必要なもので、それ故にお三輪は殺されることになるのです。そうするとやはり二つ目のイメージの方が重いと云うことでしょうか。しかし、芝居の論理としてはそうに違いありませんが、それはドラマの外枠が要求するもので、お三輪本人にまったく関与するものではないことは明らかなのです。お三輪自身は、

『あなたのお為になる事なら、死んでも嬉しい、忝い。とはいふものゝいま一度、どうぞお顔が拝みたい。(中略)どうぞ尋ねて求女様もう目が見えぬ、なつかしい、恋しや』

と言いながら死んでいきます。つまりお三輪は藤原淡海のために死ぬのではなく、あくまで求女のために死んでいくのです。淡海は遂に姿を現しません。ホントに薄情な男だと思いますが、この場に淡海が登場しないから、お三輪の恋心は清らかなまま保たれているのです。もしここに淡海が現れて、「未来は必ず夫婦」・「嬉しうござんす」という会話がお三輪との間に交わされたとしたら、芝居としてお三輪の死のオチは着くでしょうが、お三輪の恋心は不浄なものになってしまうかも知れません。

ですから浄瑠璃作者(近松半二)が、お三輪の遺骸を放り出すかのような無情の幕切れにした背後には、そこにお三輪に対する半二の無限の慟哭があるわけなのです。ちなみに別稿「野崎村」論考でお光の悲しみとは無関係な・やけに景気の良い幕切れに、「作者はもうちょっとお光の気持ちに寄り添っても良いのではないか」と感じると書きましたけれど、実はここにも半二の無限の慟哭があるのです。多分半二は泣きながら、「どうぞ私のことを冷たい作者だと罵ってください。でも私にはこのような幕切れしか書けなかったのです」と言ったでしょう。これが半二の芝居なのですね。

話を戻しますが、そうするとお三輪という役のなかで、1(穢れなき可憐さ)と2(ドロドロした奇怪な情念)はどちらが重いのかと云う問いですが、やはり1の方ではないかと吉之助には思われるのです。2の「疑着の相」と云うのは観念上の形相で、いくら百面相したところで具体的な表情として現れるものではない。凄まじい怒り・その必死の気持ちが伝われば、それで宜しいのだと思います。大事なのは好きな殿御を想う娘の気持ちの純粋さで、どちらかと云えば、これは1に通じると云うことだと思います。だからドロドロした情念の表出という点では不得手と思える玉三郎のお三輪がなかなか悪くないと云うことになるのです。ただし玉三郎のお三輪の場合、花道上で「あれを聞いては帰られぬ」で憤怒の形相になり髪をさばく場面がアッサリしていると云う軽い不満があるのは事実ですが、全体としては1の要素で好印象を取っているから「良し」と云うことですね。

そこで新・時蔵のお三輪のことですが、ちょっと陰りが差す色合いの時蔵の場合、女房・あるいは遊女ならばそれが有利に出るのだが、可憐な娘方(お三輪)になると、悪いと言っているのでないので誤解をしないでいただきたいですが、そこが少々地味めに・渋く映るところがあるかも知れませんねえ。もう少しパッと明るければとも感じますが、これが時蔵の持ち味なのです。他方、幕切れ近くのお三輪については、苧環を抱きしめながら落ち入る件に哀れさと真実味が良く出ており、そこに時蔵の特質が発揮されていたと思います。

であるので、今回の時蔵初役のお三輪はよく頑張っており・決して悪くない出来ではあるのですが、これからの歌舞伎で時蔵に期待される分野は、やはり女房・あるいは遊女ということになるでしょう。例えば玉手御前ならば、時蔵の芸は異様な輝きを放つと思いますね。早めにそちら方面への挑戦をお願いしたいものです。大いに期待しています。

(R6・6・18)


 

 

 


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