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四代目鴈治郎・二代目亀鶴の「封印切」

令和6年6月サンパール荒川:「恋飛脚大和往来〜封印切」

四代目中村鴈治郎(亀屋忠兵衛)、六代目市川高麗蔵(遊女梅川)、二代目中村亀鶴(丹波屋八右衛門)、初代中村鴈成(井筒屋おえん)、九代目坂東彦三郎(槌屋治右衛門)、初代中村寿治郎(肝入由兵衛)他

(国立劇場主催・歌舞伎鑑賞教室)


1)鴈治郎の忠兵衛

本稿は、令和6年6月サンパール荒川(荒川区民会館)で行われた国立劇場主催の歌舞伎鑑賞教室・「恋飛脚大和往来〜封印切」の観劇随想です。国立劇場は昨年(令和5年)10月末で建て替えのために閉場し、現状の国立劇場主催公演は代替え劇場にて行われています。このため歌舞伎も文楽も会場が一定せず、各地を転々としているのは大変残念なことです。せめて拠点が固定できないものでしょうか。この状況がいつまで続くのか、目下のところ、建て替え入札が未だ成立しておらず、当初は令和11年秋と伝えられた新劇場開場の目途さえ立っておらぬ状況は嘆かわしいですが、何とかならぬものでしょうかねえ。

まっそれは兎も角、今回の演目は鴈治郎の忠兵衛による「封印切」です。ここ数年の鴈治郎は和事の良い味が出てきて、歌舞伎のなかでなかなか得難い存在になってきました。和事の芸とは「やつし」の芸、それは滑稽な要素とシリアスな要素が交互に背中合わせに出てくるものです。もともと鴈治郎はシリアスな熱い要素が強い印象で、そこが鴈治郎の和事の長所であったと思いますが、近年の鴈治郎はそこのところを柔らかい印象で「いなして」、そこがなかなかええ塩梅になって来たと思います。祖父・父は持ち前の愛嬌(つまり柔らかい要素の方)が勝ったかも知れませんが、当代は祖父・父よりもシリアス味がちょっと強いところで、独自のガンジロはんの位置を見出しつつあると云えるのではないでしょうかね。調べてみると鴈治郎の忠兵衛は令和元年(2019)9月の巡業以来・5年ぶりのことであるようで、今回の公演は現在の鴈治郎の芸の進境を確認するのにも良い機会だと思いました。

ところで今回の「封印切」は「玩辞楼十二曲の内」で、近松門左衛門原作の「冥途の飛脚」を改作したものですから厳密には「封印切り」(自分の意思で金包みの封印を切る・つまり犯意がある)ではなく、「封印切れ」(意地の張り合いの・ひょっとした弾みで・金包みの封印が切れてしまう・つまり忠兵衛には元々犯意がない)であるので、それに応じて相手役の八右衛門を敵役に仕立てた性格付けやら・細かいところが改変されていて、それで運が悪い忠兵衛に観客が同情したくなるように芝居が仕立て直されているわけです。

だから「封印切」の悲劇の前提が「金に一夜の宿を貸す飛脚屋稼業で・金包みの封印が切れてしまえば・それだけで獄門の重罪」というところにあるわけです。「封印切」での忠兵衛は、封印が切れてしまったのを見て愕然とするが、こうなったらば言い訳は効かぬ・もうこうなったらやけっぱちだというところで他の金包みの封印までも切ってしまって、小判をばら撒くということです。しかし、これは原作「冥途の飛脚」にあって・今回の改作「封印切」にない梅川の台詞ですが、

「ここの恥は恥ならず。何をあてに人の銀、封を切って撒散し、詮議にあうて牢櫃の、縄かかるのといふ恥と、この恥とかへらるや。(中略)銀を束(つか)ねて、その主へ早う届けてくださんせ。」
(現代語訳:廓での恥は恥ではない。何をあてに他人の金の封を切ってまき散らし、調べられて牢につながれるの、縄にかかるなどという恥が、廓の恥に代えられるはずはない。まき散らした金を揃えて、早うその持ち主に届けてください。)

とありますから、梅川の言う通り、ホントはまき散らした金を集めて・そっくり全額持ち主に届ければ、とりあえず罪はないということなのです。封印が切れただけで罪になるわけではありません。(もちろん何で金包みの封印が全部切れたのか客が訝るでしょうから、飛脚屋の信用問題にはなるでしょうね。)本当に罪であるのは、忠兵衛がまき散らした金を自分の金だと言い張って、梅川の身請けに使ってしまったことです。これは公金横領ですから、明らかに重罪です。

もうひとつ梅川の台詞から分かることは、原作「冥途の飛脚」では、忠兵衛が金をまき散らした時から周囲は「あれは忠兵衛の金ではない」と薄々疑っていたと云うことです。この点も改作「封印切」とは異なるところです。

ですから当代鴈治郎のシリアス味を生かすならば、改作よりも・むしろ原作「冥途の飛脚」の方であろうかなとは思いますけれど・それは言うても詮無いことなので、改作「封印切」のなかに忠兵衛のシリアスさ・熱さを探さねばならないと思います。鴈治郎の忠兵衛は、八右衛門とのやり取りで熱くなって・金包みを火鉢にカチカチ打ち付けて・思わず封印を切ってしまうと云う前半ももちろん良い出来ですが、後半の・意を決して他人の金を使ってしまって・もはや言い訳が効かない段階となり、罪への怯(おび)えと・迫りくる処刑への恐怖で身体がワナワナ震えてしまうと云うところを、当代鴈治郎はシリアスなタッチで描いてみせて、そこに当代の持ち味が良く出ていたと思います。恐怖で身体がワナワナ震えてしまうということは、事情を知らぬ他人から見れば・それが何かしら滑稽にも映るということです。そこに滑稽な要素とシリアスな要素が交互に背中合わせに出る「和事」の芸の妙味があるわけですが、観客は事情を承知していますから・完全に滑稽には映りません。それはどこかしらシリアスな感触へ傾くということでしょうね。(この稿つづく)

(R6・6・27)


2)上方芝居の将来のために

鴈治郎の忠兵衛の充実は嬉しいことでしたが、封印切りの芝居はやはり相手役の八右衛門が良くなければ面白くなりません。亀鶴の八右衛門は大阪弁のテンポの良さ・押しの強さで忠兵衛を追い込んでいく憎まれ役を巧みに演じて、この場面はなかなかの見ものになりました。同世代の優れた八右衛門役者としてはもう一人・愛之助がいますが、亀鶴の八右衛門も甲乙付け難い出来であったと思います。本年2月松竹座での九平次(曽根崎心中)も良かったけれど、これからの上方芝居の存続のために亀鶴の存在はますます貴重なものになっていくでしょう。

高麗蔵の梅川は手堅い出来ですが、ちょっと奥に引っ込み過ぎの印象がしますねえ。梅川は忠兵衛の封印切りの行為に積極的に関与するわけではなく、むしろ傍でハラハラしながら事の成り行きを見ているしかないわけですが、悲劇のヒロインであるからして「わたしのせいで忠さんがこんなことになってしまって・・」という哀しみが全身から滲み出なければなりません。そう考えると前半の井筒屋裏手での忠兵衛との「じゃらじゃら」したやり取りとの対照が難しいことになるかもしれませんが、ここでの梅川は恋人に逢えて気持ちが舞い上がっているわけだから・そこはもっと可愛さを前面に押し出しても良かろうと思います。しかし、忠兵衛も含めて・井筒屋裏手での「じゃらじゃら」が面白い舞台を滅多に見ませんねえ。残念ながら、今回(令和6年6月サンパール荒川)もそんな感じがします。

そういうわけで金包みを巡る忠兵衛(鴈治郎)と八右衛門(亀鶴)との熱い駆け引きはなかなか良かったけれども、全体のアンサンブルでは、上方芝居の将来はますます心もとないという気がしました。さすがに鴈治郎と亀鶴にはそんな心配を感じませんが、他の役者は上方芝居を演じること・自分の演技が観客に受けているかどうか・自信がなさそうに演じている雰囲気を感じますねえ。声が小さい役者が多い。サンパール荒川がマイク使用を前提としたホールであるようです(音の反響があまり良くないみたいですねえ)が、しかし、鴈治郎や亀鶴の台詞はちゃんと聞き取れてましたから、やはりホールのせいだけに出来ません。隅々まで台詞を届かせることは役者の基本です。上方弁のニュアンスが表現できない引け目があるのかも知れないし、そのハンデが大きいと感じているのかも知れませんが、別に演技が江戸前であっても構わないから、まずは「自信を以て」声を大きく張って・生き生き演じてもらいたいものです。

今回(令和6年6月サンパール荒川)の公演は「歌舞伎鑑賞教室」でしたから、観客の大半が歌舞伎を見るのが初めての東京の高校生でした。彼らのマナーが悪かったわけではありません。大半の学生は神妙な顔をして・大人しく舞台を眺めていました。ただし「眺めていた」のであって・積極的に入れ込んで見ていたかは分かりませんが、それは歌舞伎が初めてなのだから無理もないことです。ましてや東京の学生には馴染みのない上方弁の芝居です。舞台を見て反応の仕方が分からないと云うのが正直なところでしょう。しかし演じる役者の側からすると「暖簾に腕押し」の感じで、観客からの反応があまり返って来ないので、やっていてだんだん自信が萎えて来るというところがあったかも知れません。吉之助が言いたいのは、今回の学生のお客さんを批判しているのではなく、東京・歌舞伎座の観客も上方芝居の反応は大体似たようなものだと云うことです。

本年2月松竹座3月南座で若手花形の近松物を見て来ました。彼らの上方弁はまだまだで、上方芝居のニュアンスが表現出来ているかと云うと、そこは心もとない。しかし、上方のお客さんの反応が率直なのです。若手の・正直に言えばぎこちない演技であっても、ここは「観客が反応する箇所」というところで、必ず好意的な笑い声や歓声・拍手が起こるのです。やはりここは上方だなあ、観客の反応が東京と全然違う。おかげで若手役者がどれだけ勇気付けられただろうと思うのです。お客さんが「そこが上方芝居のツボでっせ、そこんとこ上手くおやりなはれ」と教えているかのように聞こえましたねえ。これが若手役者に自信を付けます。上方弁のニュアンスに多少難があろうが、役者が自信をもって演じることが大事なことです。

だからこれから国立劇場が(松竹はもちろんのことです)近松物など上方芝居の存続を重要な課題と考えるならば、そのための役者を育てるという意味でも、上方芝居の上演は、出来るだけ大阪か・京都で行なうことが望ましい。同じことを東京で続けてもなかなか成果は挙がらないでしょう。芝居も役者も観客が育てるものなのです。吉之助は今回の「封印切」の舞台を見ながら、同じメンバーで・この芝居を上方の観客の前で演じさせてやりたいなあとつくづく思いましたよ。そうすれば歌舞伎のなかで何かが・少しづつ変わっていくと思うのですがねえ。

(R6・7・9)


 

 


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