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「奥州安達原(環の宮明御殿)」床本

朱雀堤の段、環の宮明御殿(敷妙使者の段矢の根の段袖萩祭文の段



三段目 朱雀堤の段

 

さればにや少将は百夜通へと夕闇の笠に降る雪積る雪、恋の重荷の朱雀道、七条堤の仮橋に盲女(めくらおんな)の弾語り、襤褸(つづれ)の中の秘蔵(ひさう)娘、十ばかりなが手を出して、右や左の道通り、西は九州薩摩潟、鬼界が島の果てまでもわしゃ行く気ぢゃにさりとては、花の都に袖乞ひと成りて住むこそ是非なけれ王城の地は物貰ひもつゞれさっばり月代(さかやき)頭
「どうぢゃ、めくのお袖、よい貰ひがあるさうなの」
「ヲヽかさの次郎どのか、今夜は闇で人通りは少なし北風は吹き付ける手がかぢかんで、三味線も弾かれるこっちゃない。」
「何を贅らしい。寒の中に涼むのがわがみの渡世ぢやないかいの。がりまは居眠やせんかよ。商売に凡(およそ)な奴ではある。」
「ヲヽどいつぢゃ。ムヽとんとこの九助今仕舞うたか。儲けるな/\。」
「イヤ/\。とんとこも初手は取ったもんぢゃが、先繰(せんぐり)に新物が出てとんと衰微。もう今は町中がお長めに喰付き切った。まだどういうても角(かど)を絶さぬ奴は佐野の源左衛門。あいつは株ぢゃ。したがわりゃ。よい儲けがあるかして、見りゃ立派な蓙をかぶつて、派手な形するな。」
「アヘヽ。いやもうこいつも冷たうて悪い物やい。ほんの見てくればっかりぢゃわい。」
「色取るな/\。」
「ホヽヽヽヽ。ほんにそれも一盛。此方は此子一人が楽しみ。去年までは相応に一重の物でも縫ふて着せたが、この春から内障(そこひ)になり、俄盲で娘に介抱受ける身の上、行先を思ひ回せば夜の目も合はず、今日はお君が誕生日、こんな中でも大事の身祝ひ。こな様方にも祝うて貰をと酒も小屋に買うて置いた、したが、あの六どんには沙汰なしぢゃぞや」
「ヲヽあいつに呑ましたら一升や二升はついころり」と人事云はゞ筵(むしろ)まで呑み上げる非人の六、諸方のしたみに目はすわり、ふくり返った腹立ち上戸「けたいぢゃぞ、衒妻のそばにべら/\と、おけよ、又六めはえらう引いてうせたな。あいつはえい得意を持ちをつて浜脇の料理茶屋で、酒肴の喰飽しをる。サヽそれがけたいぢゃ。おりゃ業がわいてならんわい。けふも川作の屋敷振舞喰て来たが、惣体近年茶屋方の料理が粋過ぎておれが口に合はぬ。それで腹が立つが無理か。そいで大道掃けの犬追へのと、下男か何ぞの様につかひくさる。これでもう乞食もやめにゃならぬ。コリャお君よ、をぢが風車買うてやろが、えらいか、おりゃもう、われが可愛いて/\腹が立つわい」
「ヲヽもう、こちの娘が可愛いのが何の腹の立つ事で」
「腹が立たいぢゃ、コレおめく、一体おりゃわがみの器量のえいのが腹が立つ、乞食だてらそんな美しい顔がどこにあるものぢゃ、無理か、無理ならどいつでも相手ぢゃ」
とくだまく声も酒くさ原、踏み分け来る瓜割四郎。
「ソレ今のお侍様」
「ハア」
と二人が犬蹲ひ。
「非人どもか、最前云った生駒之助、傾城恋絹、取り逃がしたか、ナント/\」
「サア申し、昼ちょっと眼(がん)ばりましたれども先もざぶなりゃ滅相にはかゝられず、ヤ幸ひ、こゝにをる六といふ奴は酒くらふと阿呆力、こいつに仕事さしませう」「コリヤ六よこゝへこい。又粗略(ぞんざい)な臑投出して辞儀しをれやい。」
「いやぢゃ、おりゃ茶屋の料理人より外に腰屈めた事がない。」
「イヤサよう聞け。其二人のやつおいらが往てぐづりかけて爰へおこすは。われが爰に待伏して居て、男めをぶちのめす。」
「そこで衒妻をあなたへ渡すと。ご褒美にきすは存分。あなたの振舞呑込んだか。」
「ムヽ酒呑ますか。嘘ぢゃないかよ。」
「コレ殿様。そんならマア酒の方を先へせうかい。」
「イヤ/\/\。あの上呑ますと本たはいになります。」
「ヲヽサコリャ六とやら、仕おほせた後では呑み喰ひはわが望み次第、酒は伊丹の薦かぶり」「ヲット差合云はるな」「ムヽこりゃ麁相。肴は鰒汁、」
「それも差合。鰒はおれが同行(どうぎやう)中ぢゃ」
と横にふくれた腹鼓、咽を鳴らして別れ行く
「もう人通りもなさゝうな、仕舞ふて休もサアお君」
と親子かたへの小屋の中、鳥のふしどと隣り同士露を荷ひし乗物釣らせ源家の妹八重幡姫こなたの土手を真直ぐに平{仗(たいらのけんじょう)直方(なおかた)、互ひに行き合ふ提灯の紋に見知りの一家仲(いっけなか)
「コレハ/\八重幡どの、夜中に何処(いづく)ヘ」
「チト心願の事あって」
「ムヽ神詣か、歩(かち)づから殊勝々々」と挨拶なかば生駒之助は恋絹が手を引きやう/\火影を目当て「狼藉者に出合ひ難儀いたす、憚りながらこの女を暫しが間お預かり」
と差し出す提灯『ハッ』と恟り逃げ行くを{仗目早く
「コリャ/\若者、わりゃ道に迷ふたな、こゝは京、胸中が暗いから人の誠の本街道は行かずして色々の道に迷ふてゐるな、ソレ火を借りてとっくりと心の闇を見たり見せたり、身共は老人なほ以て何も見えぬ、よし見えても八重幡どのとは一家の仲、急ぎ用事早や参る」
とはづす老巧粋親仁腰元下部さし心得、一人も残らずばら/\と気を通されても済まぬ仲、わざと慇懃三つ指に
「まづ以て姫君様、御安泰の尊顔を拝し、恐悦至極」
と相述ぶる
「ヲヽさう云やるは無理ならず、したがもうその様に気を置いて下さんな、わしゃふっつりと思ひ諦め心の髪は切ってゐる。」
「ハテ思ひ合った中を引分け添うて何の本望。殊に兄上のお媒(なかうど)遊した恋絹殿。中よう添うて其代り。未来の縁を、コレどうぞ頼みまする夫婦の衆」
と、と思ひ切ってはなか/\に、見向きもやらぬ心根に恋絹も恥ぢ入って
「勿体ない/\、それを聞いては、私が方から思ひ切るとも申されぬは、ひょんな物を身に宿し、退くにも退かれぬ悪縁、そんなら御詞にあまえて、お大事の物なれど、この世は私が借り分、来世ではきっとお返し申しまするその証拠、ちょっとこゝで御祝言のお盃がさせましたいが、アヽどうがな」
と案ずれば
「そのお盃、私が差し上げましょ」
と小屋の簾(すだれ)を押し上げて、探る目病みの摺り足に縁も欠けたる三方土器(かわらけ)、襤褸の上の襠(うちかけ)は破(や)れても昔床しげに
「何方かは存じませぬが、最前から御尤もな切ない恋のお話、私も子細あって夫に飽かぬ別れをせし者、身に引当てておいとしぼく、襤褸の袖を絞りしぞや。かやうに申さば賤しいきたない非人めが、穢らはしいとも思さうが、私とてもまんざら、前からかうした身でもござりませぬ。今日はこの小さい奴が誕生日、昔を思ひ出して調へし九献(くこん)熨斗(のし)昆布、心ばかりの身祝ひ、幸ひの折からと慮外を忘れたお媒人、サアお君、教へて置いた祝言の長柄、お酌申しや」
と挨拶に姫君嬉しく盃の底意晴れたる取結び、さいつさゝれつ酌みかはす待伏せしたる非人の六、酒の匂ひを嗅ぐよりも以前の仕込みは忘れてしまひ、ほや/\笑顔揉み手して
「へヽヽヽ、ホヽヽヽおめでたい御祝言、私もお取持ちにちっとお間(あひ)お酌これヘ」
と欠け茶碗、息なしに咽ごく/\、
「ホウ、結構なお酒でござりまする。ハヽヽヽヽ、旦那慮外申しまする。肴は爰に有山の、面桶(めんつ)の底から鮹の足。イヤ過分なが身は精進。そんなら私祝うても一つ下さりましょ。お家様(へさん)。上げましょか。おいやか。そんならも一つ下さりましょ。御寮人様もおいやか。そんなら我等も一つ」
と、ほっとするほど続け呑み。恋絹が代つてお酌
「イヤ/\申し。見苦しくともやつぱりあれに、娘が生長(おひさき)あなた方にあやかり、よい殿御持つて祝言をホヽヽヽヽ。私としたことが、非人乞食の身の上で、何の祝言どころとさぞお笑ひなされう。思へば/\浅ましい身の上。ハ是はしたり。大事の目出た御祝言につい涙が。私も祝うて。君は千代にませ/\と、くり言を祝ひ歌の、面白の時代や。おめでたや/\、祝ふにつけても我が娘も、昔の身ならお乳めのと、続松(ついまつ)十種香(じつしゆかう)芸づくし教へも覚えもせうものを、ろくな事でも教へるか、橋の上の乞食の娘、誰が嫁にも取ってくれう。侍の胤を受けながら、町人百姓にも縁付の、ならぬは何の報いぞ」
と昔を忍ぶ悔泣。身につまされて、三人もいとしや道理と倶涙。六も数献(すこん)の持ちこしに、貰ひ涙のかい作り、
「どうやら酒が理に入って、おれも悲しい/\」
としゃくり上げたる折からに駆け来る次郎七、九助
「コリャ/\六、何してゐる、きり/\仕掛けて畳んでしまへ、後詰(ごづめ)にはおいらがゐる、早う/\」
とせり立つれば泣いじゃくり「次郎七か、九助か、エヽわいらはえい機嫌ぢゃな、おりゃさっきから哀れな話を聞いて泣いてばっかりゐるわいやい。われらもアレ。あなた方の形を見い。雛様のやうなお姫様が酒買ふ銭がないやら。乞食に酒を振舞はれ、せめて天目(てんもく)でもある事か、噛み割る様な盃に酒ならたった一升であやまってござる心根が、思ひやられておいとしい」と涙とともにまたどぶ/\
「エヽいま/\しい、また喰ふたな、その酒こちへ」
とたくりにかゝれば
「イヤ/\それから御覧じませう、どなたでも、どいつでも、旦那衆に手向かふ奴ら、おれが相手」
と尻ひっからげ囲うたり
「どっこいやらぬは乞食に差合ひ、貰ふてこませ」
と両方から取り付く襤褸の破れかぶれ、うぬらは世界の余り物、命の高は拳固どり、ころ/\転び逃げ行くを酒に任せて追ふて行く向かうに数多の人音は
「申し/\今の侍が来るのであらう。ちっとの間わたしが小屋ヘ」
と二人を伴ひ入る間もなく血眼になって瓜割四郎『どっちへ失せた』と家来もしどろ
「暫し/\」
と{仗直方
「コレサ四郎、あわたゞしい面色、まづ何を詮議召さるゝ」
と尋ねられて
「イヤナニ、その儀は貴公もこのほど御吟味なさるゝ宮を奪ひし曲者、草を分かって詮議せよと主人が云ひ付け、姫君もこれにお渡り、この小屋が物臭い、ソレ家来ども」
「ナイ/\/\、非人め出ませい」
「出をらう」
と呼ばれて、おづ/\這ひ出づる
「つっと出をらう」
「ハイ」
「まだ出をらう」
「ハイ」
「面上げい」
と突き付ける箱提灯の火明りは老眼にも見違へぬ絶えて久しきわが娘『はっ』とばかり仰天ながら声くろめ
「ムウこの小屋の非人はわれか、ハア非人ぢゃよな、汝(おのれ)もよもや腹からの乞食(こつじき)とも見えぬ、町人か但しは武士の娘か」
「ハイ御推量の通り成り下がったは若気の過り、清水詣の折から東国方の浪人とふと馴れ初め、種を宿して是非なき家出、その夫にも扇の別れ」
「ホイ、はてな」
「ヤアくど/\/\云ふ手間で汝(うぬ)が親夫の名をぬかせ」
「ハイ、そればっかりはどうも」
「なぜ/\」
「名を申すほど不孝の上塗り、この身こそかう成ったれ、親の名は出すまいと昼は袖乞ひも得いたさぬは、せめてもの申し訳」
「ヲヽ尤もさうあらう、今のその心底を誠の親が聞くならば」
とわが名は云はぬけんじゃう向き、千々に心ぞこもりける
「ヤアいよ/\もって胡乱者(うろん)、まだ隠してある奴があろ、直(じき)に詮議」と立ち寄る鐺(こじり)しっかと取って「お待ちゃれ四郎、宮を奪ひし奴の詮議、お身は頼まぬ身共がする、横合ひからいっかい世話、但し老人でかやうの吟味も得せまいと思ふてか、推参至極」
ときめつけられ
「アヽコレ/\/\真平ご赦免、いやもう拙者も御一門の家来なれば、只今のは御心安立て、イヤ姫君にももうお立ち、お供回りはどっちへ失せた、参れ/\」
と脇道ヘ
「ホンニそれ/\自らも夜の更けぬ内帰るがよかろ、この間にちゃっと行くがよかろ」
と知らせの謎お袖が小屋の後から、押しやる主従妹背の別れ親子の別れは子は知らで親の思ひの闇深き{仗が郎等あわたゞしく
「只今、大江維時公より宮の御詮議なぜに遅なはる、日延べの時刻も一日に迫る、尋ね出すか切腹あるか、二つ一つの御返事あるべしとの御事なり」
「ナニ維時が使ひとな、直に会ひて返答せん、供せよ弥惣太、提灯もて」と
タ嵐鐘もときつく八重幡姫
「{仗さまの一大事、アヽ気遣はしや、家来ども乗物参れ」
と呼ばはる声お袖が聞き付け
「申し/\{仗さまとは平{仗直方さまではござりませぬか」
「イヤそれ聞いて何にする」
「ヤアそんなら今のが、コレ申し、一大事とは何のわけ、ちょっと開かして」
「ヤア面倒な」
と突きとばし
「乗物急げ」
と四郎が一散慈悲も白砂ころ/\/\転ぶ芦辺の浜千鳥、嵐に髪もばら/\/\、親子手を取り雪の足、跡を慕ふて

 

環の宮明御殿(敷妙使者)

 

たどり行く心のうちこそ哀れなれ平{仗直方環の宮の御行方知らぬ筑紫のほとゝぎす、夏去り冬のいつしかに、すでに今年の日の数も、春待つばかり枯れ残り、枯れ果つる庭の檜皮ぶき落葉の軒とふきかへて、殿居の女中仕丁もなく、老いの忠義の一筋に、竹の園生のかしづきも、つもる白髪に雪折れて妻の、浜夕たゞ二人、夫婦の人なん、いまそかりける、縁先に立出で
「ナウ殿、お年寄の雪ふりに、庭へ出てなになさるゝ、寒気が入らうにもうおはいり、ちと火にお寄り」
ときり炭の尉(じよう)になるまで、女夫合ひ
「サレバ/\、宮様行方なくなり給へば、この御所はあき屋敷、我々夫婦がかやうに御番はいたせども、肝心の主なければ、玉の御殿も鳥のねぐらとなり果て、今日なども宮おはしますならば、仕丁どもに木の葉の雪を払はせて、お遊びなされうものをと、ふと思ひ出して、子供の真似する雪なぶり、天地の中にさへましまさば、奪ひ返してこの恥辱すゝがんものと、心は雲にも入りたけれど、都の中を身動きならねば、むなしく胸をいるばかり、不憫なは娘敷妙、日本の智者と呼ばるゝ、八幡殿に連れ添ひながら、不覚を取ったこの親ゆゑ、夫の手前も恥かしく、さぞ肩身もすぼらうとそもこの春よりひと夜さも、実に寝た夜はおぢゃらぬ」
と奥歯、洩れくるまばら声
「アヽよござりますわいの、弓取りの不覚といふは軍の中の臆病コリャほんの災難、敷妙がことおっしゃるにつけ、思ひ出すは姉娘の袖萩、親にも知らさず忍び男を拵へての家出、憎いやつと思ふたもはや一昔、その時はまだ十六の後先なし、年もいたればさぞ今頃は、悔しう思ふてゐるであろ、どこにうろたへゐることぞ」
「エヽまた姉めがことくど/\と、思ひ出すも穢はしい、不孝者と云はうか、武士の家の不義放埒、再び面も見まじと思ひしに、まだ業が満てぬやら、朱雀(しゅしゃか)堤の橋の上で」
「エヽ橋の上でなんとしたえ」
「サアイヤなんともせぬ、たとへ橋の上で、のたれ死にしをらうが、不憫なとは思はぬ、お身はまたなんとぞ思ふ気か」
「イヽエ、なんとも存じませぬ」
「ヲヽ身どもは結句、心地よく思ふわい」
と、口は憎体身を背け、物ごとつゝまぬ夫婦中涙一つは隠しあふ、腰元どもが取り次の間「敷妙様御出で」と、娘ながらも案内は、武家の行儀の表門さすが親子のなか座敷
「ヲヽこの頃は便りもなし、心地でも悪しいかと{仗殿も案じてぢゃに、ようおぢゃったサア/\こゝへ、テモマア美しう髪結やった」
と子供のやうに思ふ母
「イヤ申し、今日参ったはお見舞ひではない、{仗様へ、夫八幡太郎義家が使者でござります」「ムヽ、ハテ変った、表向きの用事ならば家来は越さで、そなたを使者とは」
「コレ/\奥だまりゃれ、なににもせよ使者とあれば、娘は内証、いざお使者、御口上の趣承はらん」
とありければ
「義家申し越す仔細、『環の宮お行方なきこと、御傅(かしづき)の{仗殿誤り拠(よんどころ)なし、日延べの日数も今日限り、もしも言訳なきにおいては、罪を正す義家が役、聟舅の容赦はいたさず、勅諚を以て取り囲み、敵味方となり申さん、その時必ず、遺恨にばし思(おぼ)し召されな、そのため申し遣はす』、使者の口上あら/\かくの通りでござんす」
と、語るうちより{仗直方、いそ/\立って一間のうち、柳箱(やないばこ)にかざったる旗と思しくたづさへ出で
「さて/\八幡殿は、あっぱれ仁ある大将かな、元来某は平家、八幡殿は源氏、聟舅となるはまれなることと、そちを嫁入(めと)らしたその時より、聟引出でに赤旗ひと流れつかはし、八幡殿よりこの白旗ひと流れ、取りかへて所持せしは、両家合体のその印、この度のわが誤りについては『いひがひなき舅、よしなき縁を組みしよ』と、思はれんは必定、大方娘と縁切ってこの旗を取り戻しに来るであろう、もし去られたら、その思ひはいかばかり、どうぞこの白旗のやはりこの家に止まるやうにと、この頃神前に飾りおき毎日祈る甲斐あって、今日娘を表向きの使者として、差越されし八幡殿の心底、たとへ聟舅、敵味方になるとても、敷妙は去らぬとある情の謎、老人が心を察し心遣ひのご親切、逢ふては礼も云はれぬ義理、お使者帰って申されうは、『仰せ越さるゝ趣いち/\承知仕る、委細の心底は対面の上、お出でを待つ』と伝へられよ、お使者大儀」
と式礼も弓矢の面、裏門口、『八幡太郎参上』と白衣(びやくえ)、ながらに入り給へば
「コハいつの間に」
と敷妙も不審立ちそに、立つ母親「この頃絶えし一家の参会、お茶よお菓子」と賑々し、直方辺りに眼を配り、懐中より一通取り出し
「親しい中にも胸中を計り兼ね、今日までは聟殿にも包みしが、宮の御行方尋ぬべき、手がゝりといふはこの状、『契約のごとく環の宮をひそかに盗み出しくれよ』と、匣(くしげ)の内侍へ頼みの文体、名は誰ともなけれども、必定安倍頼時が余類、貞任(さだたふ)宗任(むねたふ)兄弟の輩(やから)奪ひ取っておのれ等が、見方を集むる柱にせんため、さあれば御命に別状なしと、心の安堵はしながらも、言訳立たぬ身の落度、わが心を推量あれ」
「ホヽウさこそ/\、わが推察もそのごとく、この程奥州より捕へ来たる鶴殺しの科人、面魂世の常ならず、肩口に二つの痣、これぞ兼ねて聞き及ぶ目印、疑ひもなく安倍宗任、一人は手に入りしが、今一人の兄貞任、この両人さへ捕へなば、宮の行方明白たらんと、即ちかの宗任をこの館ヘ引かせ来る、禁廷の御沙汰なきうちに、詮議肝要たるべし」
と力をつくる。時しもあれ、『桂中納言様御出でなり』と知らすれば
「ソレ気遣ひ、私の内意か勅諚か、女儀は次ヘ」
と改むる、座席に心残れども母と

 

環の宮明御殿(矢の根)

 

娘は立って行く中納言則氏(のりうぢ)卿、衣冠の袂に香りくる、雪より出でて、雪より白き白梅一枝、小四方(こじほ)に取り載せ持参あり
「{仗にはこの間、公(おほやけ)のご不審蒙りさぞ心を痛められん、欝気を晴らすこの梅、まだ冬籠りの枝ながら進上申す。この花ともろとも喜悦の眉を開かれよ」
と、直方が前に差出し
「義家朝臣のおはするも、かの詮議の一条ならん、殊更親しき一家の仲ご心底察し入る」
「コハ卿の御詞とも覚えず、一家は一家、政道に依怙なき義家、詮議の手がゝりになるべき科人、さきだって捕へ置く、ヤア/\義家が家来ども、鶴殺しをこれへ引け」
と、呼ばゝり給ふひと声に
「鶴の科人出でをらう」
と権威の下部は、蠅虫と見下し、破れ布子の縄付きながら、眼中威勢備はって、実に大将と大将の、見参とこそ見へにけれ
「鶴を打ったる科人、外ケ浜の南兵衛とは仮りの名、奥州の住人、安倍頼時が次男宗任とも云はるゝ勇士、それ程のへろ/\縄引切るは易かるべきに、わざと下部に引出さるゝは、義家に鬱憤を云はんずためな、聞いて得させん、サアなんと語れいかに」と宣へば、「これはまた思ひがけもない、そんなむつかしい名は生れてから、聞いたこともござりませぬ、ばくち打ちの南兵衛に違ひなければ、元よりお前様に勿体ない、鬱憤とやら一分とやら、半銭(きなか)もかけ値は申しませぬ、とかく命が惜しいばっかり、どうぞお慈悲に縄解いて、お助けなされて下さりませ」
と、泣かぬばかりの白々しさ
「ムヽしからば己、うぶの匹夫下郎に違ひないな、コリャこの旗を見知ってをるか、これこそわが父伊予守、奥州追伐の折から、押立て給ひし白旗、その時宗任が親安倍頼時、大将めがけ放ちし矢先、ねらひはづれてこの旗に受け止め、即時に踏み折り捨てられし、その矢の根はコレこゝに、ハヽヽヽ、頼時づれが拙き運にて、源氏に敵対叶はぬこと、今にもその余類あらば、却って敵のこの矢を以て、かくの通り」
とてうど打つ、鏃(やじり)は庭の手水鉢、じろりと見やって
「これはさて、あぶないことを」
と、そらさぬ顔、則氏卿進み出で
「よし手練はともあれ、たとへ誠の宗任なりとも、匹夫下郎に等しき男、大望の企て思ひもよらず、奥州の果てに生れ、草木の名も知らぬ鹿猿同然の族(やから)、かくいふが無念ならばコレ、この花の名を知っつるか」
と、白梅取って差出し
「東夷(あづまえびす)の目にはよも知るまじ、知ったならば云ふて見よや」
と嘲弄ある、宗任ぐっとせきあげ
「南兵衛といふ下郎でござれば、花の名はいかにも存ぜぬ、しかし、さうおっしゃる則氏卿も、以前は流し者に合うて配所の島守、やう/\、この頃召し返され冠装束かけたればとて、正真(しやうじん)の山猿の冠、相手になる口は持たぬ、身が返答はコレかう」
と、そばに立ったる件の矢の根口にくはへてわれとわが、肩口つんざく血潮の紅、なにかはあやもしら旗に鏃の筆のさら/\と、文字鮮やかに染めなすは、東夷の名にも似ぬ三十一文字の言の葉に、座もしら梅の枝折れて、冠傾き、見えけるが
「ムヽ詞争ひむやくしと、和歌を以っての返答、『わが国の、梅の花とは見つれども、大宮人はいかゞ云ふらん』ホヽウ、面白し/\、われに歌を詠みかけしは、返歌せよとのことならんさりながら、最前汝が云ふごとく、この則氏は父の卿もろとも、幼少より島へ赴き、鄙に育ちし恥づかしさ雲の上に座を列ねながら、われさへも得詠まぬ歌を、かく即席に詠み叶へし器量骨柄、問ふに及ばず安倍宗任に違ひなし、アいはれぬ歌で蛙は口から、われとわが手に白状せし、浅はかさよ」
と一言に、勝色見する梅花の頓智、術(てだて)に乗りし無念の宗任、口にくはへし鏃の手裏剣、大将目がけ打返すを、てうど留めたる源氏の白梅
「ホヽウ尤もかうこそあるべけれ、生け捕るも捕らるゝも、時の運命恥とな思ひそ、なおこの上に義家が尋ね問ふべき仔細あり、こなたへ引け」
と引立てさせ奥の間、さして入り給ふ、則氏あたりを打眺め、{仗が傍ちかく
「さて/\心づかひ察し申す、いまだ言訳の筋もあらざるや」
「ハアハそれゆゑにこそ、心を痛め罷りある」
「ホヽウ、さこそあらん、それにつき今日貴殿に、志したるこの梅は、まだ寒中に、室(むろ)にて温め咲かせし花、天の自然にあらねども、春を待ち得て咲く花より、はやき眺めを人の賞翫、また散る時もその通り、しぼみかぢけて見苦しうならぬ先に、この枝のごとくさっぱりと、切れば却って香も深し、花に限らず身にもまた、切り時が大事、さやうには思はれずや」
「ムヽ御心深きこの一品、散りかゝったる老いの枝、『切れ』と賜はる天の賜、花もの云はねど御謎に白梅の腹切刀、たしかに落手仕る」
「オヽあっぱれ明察、大江維時なんど云ふ、讒者の嵐に吹き散らされぬその先に、花は三吉野人は武士、名を後の世に散らさぬやうの、思案ぞあらまほしけれ」
と、梅に詞を匂はせてしづ/\

 

環の宮明御殿(袖萩祭文)

 

 

立って入りにけるたださへ曇る雪空に、心の闇の暮近く、一間に直す白梅も無常を急ぐ冬の風、身にこたゆるは、血筋の縁、不憫やお袖はとぼ/\と親の大事と聞くつらさ、娘お君に手を引かれ親は子を杖子は親を、走らんとすれど、雪道に力なく/\辿り来て、垣の外面(そとも)に、
「アヽ嬉しや、誰も見咎めはせなんだの」
「イヽエ門口に侍衆が、居睡ってゐやしゃった間に」
「ヲヽ賢い子ぢゃ、{仗様はこの春から主のお屋敷にはござらず、この宮様の御所にと聞いて、どうやらかうやらこゝまで来ごとは来たけれど、ご勘当の父上母上様、殊に浅ましいこの形で、誰が取り次いでくれる者もあるまい、お目にかゝってご難儀のやうすがどうぞ聞きたや」
と、探れば触る小柴垣
「ムヽこゝはお庭先の枝折門、戸を叩くにも叩かれぬ不孝の報い、この垣一重が鉄(くろがね)の」門より高う心から、泣く声さへも憚りて簀戸(すど)に、喰ひ付き泣きゐたり、{仗はかくとも知らず「垣の外面に誰やら人声、アレ女どもはをらぬか」
と、云ひつゝ自身庭の面、外にはそれと懐かしさ、恥ずかしさもまた先立って、掩ふ袖萩、知らぬ父、明けてびっくり戸をぴっしゃり「なんのご用」と腰元ども、浜夕も庭に立ち出でゝ
「{仗殿なんぞいの」
「イヤなんでもない、見苦しいやつがうせをって腰元ども追ひ出せ、婆、あんなもの見るものでない、こっちへお来やれ/\」
と夫の詞は気も付かず
「なにをきょと/\云はっしゃる、犬でも這入りましたか」と、なに心なく戸を開けて、よく/\すかせば娘の袖萩、はっと呆れてまたばったり、娘は声を聞き知れど『母様か』とも得も云はず、母は変りし形を見て胸一杯に塞がる思ひ、押下げ/\
「定めない世といひながらテモさても/\/\思ひがけもない」
「コレ/\婆なに云やる」「イヤさあやっぱり犬でござんした、ほんに憎い犬め、親に背いた天罰で目もつぶれたな、神仏にも見離され、定めて世に落ち果てゝをらうとは思ふたれど、これはまたあんまりきつい落ち果てやう、今思ひ知りをったか」
と、よそに知らすも涙声、やうす知らねば腰元ども
「さっても慮外な、物貰ひなら中間衆には貰はいで、お庭先へむさくるしい、とっとと出や」
とせり立てられ
「ハイ/\ハアイどうぞご了簡なされてマちっとの間」
「ハテしつこい」
と女中の口々
「ヤレ待ってくれ女子ども、ヤイ物貰ひ、お銭(あし)が欲しくばなぜ歌を歌はぬぞ、願ひの筋もなんなりと、歌うて聞かせ」
と夫の手前、ちっとの間なと隙入れたさ
「あい」
とは云へど袖萩が、久しぶりの母の前、琴の組とは引きかへて、露命をつなぐ古絃(ふるいと)に、皮も破れし三味線の「ばちも慮外も顧みずお願ひ申し奉る。今の、憂き身の、恥づかしさ、父上や母様のお気に背きし報ひにて、二世の夫(つま)にも、引別れ、泣きつぶしたる、目なし鳥、二人が中のコレ、このお君とて、明けてやう/\十一の、子を持って知る、親の恩、知らぬ祖父様祖母様を、慕ふこの子がいぢらしさ、不憫と思し、給はれ」とあと歌ひさし、せき入る娘、孫と聞くより浜タが飛び立つばかり戸の透間、抱き入れたさ縋りたさ、祖父も変らぬ逢ひたさを、隠してわざと尖り声
「ヤアかしましい小唄聞きたうない、女子どもも奥へいて、お客人についてゐよ皆行け/\、イヤサばゞ、なにうぢ/\、早く畜生めを擲き出して仕舞やれさ」
「アヽコレ、腹立ちは尤もなれどそれはあんまり」
「ハテさて、隙入れる程ためにならぬ、武士の家で不義した女郎(めらう)、擲き出すとはまだ親の慈悲、長居せばぶち放さうか、親の恥を思ふて、名を包むはまだしもと思ひのほか、今となって身の置き所がなさの詫び言、恥面も構はずよくうせたな、たゞしは親へ面当に、わざとその形見せにうせたか、憎いやつ」
と怒りの声、袖萩悲しさやる方なく
「なん/\の誓文、勿体ないさりながら、さう思し召すもご尤、大恩を忘れた淫奔(いたづら)、わが身ながら愛想のつきたこの体、お詫び申したとてお聞き入れがなんのあろ、そりゃ思ひ切ってはをりまする。お屋敷の軒までも来られる身ではなけれども、お命にかゝる一大事と聞いて心も心ならず、顔押拭うて参りました、不孝の罰で目はつぶれる、この子を連れてこゝの軒では追っ立てられ、かしこの橋ではぶち擲かるゝ憂き目に合うても、この身の罪にくらぶれば、まだ/\/\業の果しやうが足らぬと、未来がなほしも恐ろしい、この上のお願ひには、娘のお君お目見得と申すは慮外、ただ非人の子と思し召したった一言お詞を、おかけなされて下され」
と、歎けば、お君も手を合はせ
「申し旦那様奥様、ほかに願ひはござりませぬ、お慈悲に一言ものおっしゃって、下さりませ」
と言馴れし、袖乞ひ詞に、浜タが
「可愛や/\/\な、子心にさへ身を恥ぢて祖父様ともばゞ様とも、得云はぬやうにしをったは皆おのれが淫奔ゆへ、畜生のやうな腹から見事犬猫も産みをらず、生れ落ちると乞食さす子を、アレあのやうにおとなしう産み付けざまはなにごとぞ、あんまり憎うておりゃものが云はれぬ/\」
と、むごう云ふのは可愛さのうらの浜夕、幾重にも
「お慈悲、/\」
と泣くばかり、{仗なほも声荒らか
「親が難儀に合はうが合ふまいが、女めがいらざる世話、同じ姉妹でも妹の敷妙は、八幡殿の北の方と呼ばるゝ手柄、姉めは下郎を夫に持てば、根性までが下司女め」
と、恥ぢしめられて『わっ』と泣き
「ナウ下司下郎とはお情けない、夫も元は筋目ある侍、黒沢左中とは浪人の仮りの名、別れた時の夫の文に、筋目も本名も書いてござんす、これ見て給べ」
と差出すを、取り次ぐ紙のはしくれも『詫びの種にもなれかし』と、思ふは母より、直方が、読む文体の奥の名に
「『奥州安倍貞任』とは南無三宝、さては貞任と縁組みしか」
と心もそゞろに懐中の、 一通取り出し引合はせば
「さてこそ同筆、 ハア」
『はっ』とばかり当惑の、色目を見せじとずんど立ち「ヤア穢はしいこの状、いよ/\以って逢ふことならぬ、サア奥こちへ、ハテぐづゝかずとはよおぢゃれ」と、鋭い詞にせがまれて、母もぜひなく立って行く
「なうコレ暫し、もう逢はうとはもうしませぬ。お身の難儀のその訳をどうぞ聞かして下さりませ、申し/\」
と、伸び上り、見れど盲の垣覗きはや暮れ過ぐる風につれ、折からしきりに降る雪に身は濡鷺の芦垣や、中を隔つる白妙も
「天道様のお憎しみ、受けしこの身は厭はねど、やうす聞かねばなんぼでも、去なぬ/\」
と、泣く声も嵐と、雪に埋もれて
「聞こえぬ父」
と恨み泣き、次第、々々に降り積る、寒気に膚(はだへ)も冷えきれば、持病の癪の差込んで、かっぱと転(まろ)べば、お君はうろ/\、さする背中も釘氷、涙片手にわが着物、一重を脱いで母親に、着せてしょんぼり白雪を、すくふて口に含ますれば、やう/\に顔を上げ
「ヲヽお君もうようござる、このまた冷えることわいの、そなたは寒うはないかや」
「イエ/\私は、温うござります」「よう着てゐやるか、ドレ/\、ヤア、そなたはこりゃ裸身、着る物はどうしやった」
「アイあんまりお前が寒からうと思ふて」
「ヘッエ親なればこそ子なればこそ、わしがやうな不孝な者がなにとして、そなたのやうな孝行な子を持った。これも困果のうちかや」
と抱きしめ/\泣く涙、堪へかねて垣越しに裲襠(うちかけ)ひらりと浜タが
「さっきにから皆聞いてゐる、儘ならぬ世ぢゃな、町人の身の上ならば、若い者ぢゃものいたづらもせいぢゃ、そんなよい孫産んだ娘、ヤレでかしたと呼び入れて、聟よ舅といふべきに、抱きたうてならぬ初孫の顔もろくに得見ぬは、武士に連れ添ふ浅ましさと諦めて去んでくれ、ヨ、ヨ」と云ふうちに「奥浜タ」と呼ぶ声に「アイ/\そこへ参ります、娘よ孫よもうさらば可哀の者や」
と、老いの足見返り、/\奥へ行く折しも庭の飛石伝ひ、雪明りに窺ひ寄る、安倍宗任戸を引明くれば
「アヽこわ」
と、立退くお君をぢっと捕ヘ
「コリャ怖いことはない、そちが叔父の宗任ぢや」
「ヤア宗任様とは夫貞任殿の弟御」
「ヲヽつひに逢はねど嫂(あによめ)の袖萩殿」
「ヲヽそんならお前に問ふたら知れるであろ、夫婦別れるその時に夫に預けた清童(きよどう)は息災でゐるかいな」
「ウムその清童はの、傷寒で死んだわいの」
「エヽイ、ハア」
「ヲヽ歎きは理、なにかにつけて一家の敵は八幡太郎、こなたも兄貞任殿の妻ならば、今宵なにとぞ近寄って、直方が首討たれよ」
「エヽイあのとゝ様を」
「ム生けおいてはわれ/\が大望の妨げ、コレこの懐剣で」
と手に渡す、難題なんと障子のうち
「曲者待て」
と大将の、声にびっくり
「折悪しゝそちへ/\」
と忍ばせて、胸をすゑてどっかと坐し
「縄引切って逃げ出でんと存ぜしに、見付けられたは運の極め」
と、腕押廻せば、義家公、縄にはあらで真紅の糸、結びし金札宗任が首にさっくと打ちかけ給ひ
「網に洩れたる鱗(うろくづ)を助くるは天の道『康平五年、源義家これを放つ』と書き記せば、この上もなき関所の切手、日本国中放し飼ひ」
と、仁者の詞に
「ハヽア」
はっと、雪に頭は下げながら、底の善悪閉ぢ隠す氷を踏んで別れ行く。夫の最期を浜夕が、白梅の腹切刀、三方に乗る露涙、外にも同じ袖萩が、死ぬよりほかは、なく/\も、帰る戸口に、父{仗繋金しっかと座に直り、三方取って覚悟の矢の根、取るとは知らぬ袖萩が娘に見せじと突込む懐剣、『はっ』と驚き取り付くお君、声立てさせじと抱きしむれば、母は夫が片手に押ヘ
「まだ女めは去にをらぬか、気強くは云ふものの年寄ったれば、なんどき知れぬ、声なりともよく聞いておけ」
と、それとは云はぬ、暇乞ひ、とは露程も袖萩が
「さてはお心和らぎしか、かうなり果てた身の上、どうで追付けのたれ死に、これがお声の聞き納めで、ござりませう」
と親と子が、一所に死ぬとは神ならぬ、障子押明け立寄る則氏、母はかけおり
「ヤアそなたは自害しやったか、コレ{仗殿もご切腹」
「エヽ、あのとゝ様も」
「娘も」
と一度に驚き転び降り、呆れ涙に別ちなし、手負ひを見届け中納言
「貞任に縁組まれしご辺、所詮死なで叶はぬ命、袖萩とやらんも死なずばなるまい、健気なる最期のやうす天聴に達し、申すべし」
と、冠気高くしづ/\と心、残して立出づる、衣紋に薫る、風ならで、怪しや聞ゆる鐘の声、『コハいぶかし』と立戻り、辺りに心目を配る、一二の対の屋隅々に、太鼓の音のかまびすし
「ハテ不思議や、この明御殿に陣鐘を打立つるは、なに者なるぞ」
と振り返る、 一間のうちより高らかに
「八幡太郎義家これにあり、奥州の夷(えびす)安倍貞任に見参せん」
と、立出で給ふ御大将、続いてかけ寄る二人の組子、弓手(ゆんで)馬手(めて)にはったと蹴飛ばし「ヤアラ心得ず桂中納言則氏を、貞任とはなにを以って」「ホヽウこの義家、天眼通(てんげんつう)は得ざれども、過ぎつる大赦の砌、桂中納言なりと名乗り来る曲者、つく/\面体を窺ふに、われ幼き時見覚えし安倍頼時にさも似たり、さてこそ貞任に極まったり、宮の御行方、十握(とつか)の宝剣をも取り隠し、なほ二種(ふたいろ)の御宝を奪ひ、親が根ざしの大望を達せんとの巧み、抗(あらが)はれぬ証拠はこれ」と、白旗を取り出し給ひ
「最前汝が弟宗任と、別れてほど経し兄弟の対面、梅の花によそへてかけたる謎、はやくも悟ってこの歌、『わが国の梅の花とは見つれども』と連ねし上の句、梅の花は花の兄、わが国とはわが本国、奥州の兄ならんと、兄弟一致の血判に白旗を汚し、源氏を調伏、この上にも返答あるや、サヽヽヽヽなんと/\」
と差し付けられ、貞任無念の髪逆立て
「チエヽ口惜しやな、われ一旦浪人となって、都のやうすを窺ひしが、官位なくては大内へ入り込まれずと、流人赦免の折を幸ひ、島にて死せし則氏といつはり初めて逢ふた舅{仗に腹切らせしも一つの手だて、所詮わが謀空しくなれば、親の敵八幡太郎、運を一時に決せん」
と、太刀に手をかけ詰め寄れば
「ハヽア急いたりな貞任、汝獅子王の勢ひあるとも八方に敵を受け、遁るべきや、またその方が一命は、宮宝剣の御ありか白状する迄助けおく、命存へ時節を待って父頼時が弔ひ軍は又重ねて、弓矢の情は相互ひ、夫婦の操も節義は一つ、貞心厚き袖萩が、最期の際に暇乞ひ」
と情の言葉に、袖萩が
「なう懐かしの貞任殿、最前からよう似た声とは聞きながら、六年ぶりで廻り逢ひ、顔見ることも得叶はぬか、死ぬる今際にどうぞしてこの目が開きたいコレお君」
「とゝ様なう」
と稚な子を、見るにさすがの貞任も、共に血をはく親々が、恩愛の涙はら/\/\、御大将も直垂(ひたたれ)の袖射削ってあまりの矢先、竹にたちまちすっくと宗任
「最前見遁し帰りしは、兄弟本意を遂げんため優曇華まさりの親の敵、サヽヽ勝負々々」
と詰めかくるを、貞任『暫し』と押しとゞめ
「晋の予譲は衣(きぬ)を裂く、この白旗をまつこのごとく手に取れば、八幡が首引提げんは案のうち、敷妙の身には大切な夫婦の縁を継目の旗、ソレ大事に召され、浜夕」
と渡すは舅の幡天蓋、翻したる梅花の赤旗
「奥州に押立て/\、父頼時が弔ひ軍、ひとまづこの場は宗任来れ」
「ハッ、ハッ、ハヽヽヽヽ実に尤も兄者人、雪持つ笹は源氏の旗竿、一矢射たるは当座の腹癒せ首を洗って義家お待ちゃれ」
「ホウ/\ホヽヽ互ひに勝負は戦場々々、まづそれ迄は桂中納言則氏卿ご苦労ざふ」
と式礼に、
「おさらば」
「さらば」
と敵、味方、着する冠装束も故郷へ帰る袖袂雁の翅の雲の上、母に別れて稚な子が
「父よ」
と呼べば、振り返り、見やる目元に一時雨(ひとしぐれ)、ぱっと枯葉のちり/\嵐心弱れど、兄弟がまた、取り直す勇み声、よるべ、涙に立ち兼ねて、幾重の思ひ、浜夕が身に降る雪の白妙になびく、源氏の御大将、安倍貞任宗任が武勇は、今に隠れなし。



 

 

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